【小阪裕司コラム第107話】領収書での絆作り
【小阪裕司コラム第107話】領収書での絆作り
ワクワク系(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を、われわれはそう呼んでいる)の実践者たちは、業種業態が何であろうと、お客さんが個人でも法人でも、われわれが「絆作り」と呼ぶ諸々の活動を行う。絆のある顧客が商いの基盤となるからだ。
ただ、講演などでこの話を聞いていただくと、絆作りには何か特別なことをしなければならない、なかなか自社ではできないと勘違いされる方も少なくない。そこで今日はこんな話をしよう。
ワクワク系のある米屋さんでの取り組み。昨年、全国にコロナ禍の暗雲が広がっていったころ、店主の地元でも祭りなどが中止になるなど、暗いムードがただよってきた。そんななか店主は、大きな経費をかけることなく、何かお客さんの心を和ませたり元気づけたりすることはできないだろうかと考えた。
そこで思いついたのが領収書だ。同店では、家庭でお米をご利用のお客さんに、昔ながらの手書きの領収書をお渡ししている。これは先代からの習慣で、以前はその空きスペースに、夏季休業のお知らせなどの事務的なメッセージをゴム印で押していた。今はパソコンでの自作だ。
店主が思いついたことは、ここにイラストを入れたらどうなるか、だ。自作領収書なので、入れること自体は簡単。そこで昨年の7月に、試しに朝顔のイラストを入れてみた。するとイラストに気づいた顧客から、「きれい」「かわいい」との声が。そこでさらに考え、イラストの下に「マスクの下は笑顔です」などの一言を、月替わりで添えるようにした。また、同店は市の「コロナ感染症対策取り組み宣言の店」でもある。そのロゴマークも入れ、しばらく続けてみた。
すると最近、あるお客さんからこう言われた。「毎月季節のイラストがあって愉しい。取って(保管して)おきたいですね」。そこでふと、このお客さんが、しばらく前からつり銭のないよう代金をぴったり合わせていることに気がついた。そういえば、最近そういうお客さんが増えた。また最近は、何気ない世間話にもほんわかとした柔らかさを感じるようになった。もちろん同店の絆作り活動は他にもあるが、最近はとみに、チラシの内容をお客さんがよく覚えていてくれるようになったなど、様々な変化を感じていると店主は言う。
絆作りとは単なるテクニックではない。ゆえに、一見ささやかなことでも、人の心と態度を変える。そして絆作りとは「特別な活動」ではない。セオリーに則って誰もができる、「自然な活動」なのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。