【小阪裕司コラム第111話】食品スーパーならぬ食品スーパー2
【小阪裕司コラム第111話】食品スーパーならぬ食品スーパー2
前回お話しした、ワクワク系(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を、われわれはそう呼んでいる)食品スーパーの話の続き。すぐ近くに巨大なスーパーができたが、影響をまったく受けなかった同店。店主からの報告の中で感心したことのひとつが、同店で買い物をしているお客さんが、最近よく「ここの帰りにスーパーに寄って帰ろう」とつぶやくことだと前回お伝えした。この店は、お客さんにとっていったいどういう存在なのか。店主らが何をしてきた結果、このような存在になったのか。
これは実に示唆に富んだ話だ。この店は、お客さんにとって「食品スーパー」でなない。もちろん店主も「45坪と小さいとはいえ、生鮮3品、惣菜、日配品、調味料、酒、雑貨など一通りそろえているスーパーのつもり」と言うように、どこからどう見ても食品スーパーだ。しかしお客さんにとっては、お客さんの価値観の中では、単なる食品スーパーではないのである。
では何なのか? それをある言葉づかいで表せば、私が新著『「顧客消滅」時代のマーケティング』で使った「アート」となる。「地方の、たった45坪の地方の食品スーパーが『アート』?」と、腑に落ちない方もいらっしゃるだろう。しかしここでお伝えしておきたい。これからの社会で生き残る商いは、ここで言う「アート」の色彩を帯びたものなのだ。たとえそれが、どこからどう見ても食品スーパーにしか見えないとしても、お客さんには、その価値が分かる。だからこうして、選ばれる。揺るぎない商いを続けられるのである。
ただ、「アート」というと、何か見たこともないような特別なことをやらなければならないと感じる方もいるだろう。そこで彼の言葉を聞いてほしい。彼は何を目指してきたのか。彼はワクワク系の道を知り、ならば自店はお客さんに、「食費」としてではなく「娯楽・レジャー費」としてお金を使ってもらおうと思ったという。そしてそれ以来、昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでも「楽しい」店になろうと改善を続けてきたと。それは例えば、以前彼からもらったレポートによれば、お客さんも使う店のトイレの配線がばらけていたのをまとめてきれいに見せるようなことからある。そういう改善をずっと続けてきたのだと。それがまさに今、実っているのである。
このコラムをご覧いただいているすべての方にお伝えしたい。これからの社会は一層そうなる。これがこれからの商いの、ひとつの明確な道なのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。