自動車整備販売業における事業承継のポイント
自動車整備販売業を営む企業様において、後継経営者への事業承継は非常に大きなテーマであると言われていますが、2010年を過ぎた辺りから、これが更に浮き彫りになってきているようです。
私どものご支援先においても、半数以上の企業がこの問題に直面していらっしゃいます。
現経営者の方や次期後継者の方、あるいは既に後継した新社長と、お立場は様々ですが、私どもではこの問題に悩む企業経営者の方々と多く接する機会がございました。
そのような経験から、「自動車整備販売業における事業承継のポイント」と題して、シリーズでコラムを書かせていただこうと思います。
事業承継のポイントは多岐にわたりますので、ここでは、特に重要なポイント「組織をどのように承継していくのか」という観点で、何回かに分けてご紹介させていただきたいと思います。
ポイント① 事業承継時期を決めること
「ご子息に承継するなら、親と子がきちんと話し合って事業承継時期を決め、そこまでのアクションプランを設計する必要がある。後継者育成には5~10年かかるとも言われる。」
まずは、事業承継時期を明確にすることが重要です。
最近も経営相談先でお話をお聞きすると、後継者候補は明確になっているにも関わらず承継時期が不鮮明なケースが多いと感じます。
先日も72歳の社長様に企業体制整備に関するご相談を受け、最後に、後継時期を尋ねると、40歳のご子息が常務として入っておられるにも関わらず、その時期を話し合っておらず、決めかねているということがありました。
年齢を考えれば、もう既にその時期を確定し、様々な承継作業を進めておく必要があるわけですが、時期を決めていないが故に、後回しにしていることも多いのではないかと感じました。
以下、事例を交えて解説させていただきます。
◎成功事例
「先代が次期社長を明確化し、事業承継時期を決め、新体制に向けて組織固めを進めたA社」
自動車整備鈑金業を営む、社員20人を超える企業様の事例です。
社長(現会長)が創業され順調に成長されてきましたが、社長のワンマン経営からか、社員10人を超えた頃に、ベテラン社員が部下を伴って退職(同業者への転職)したことから、経営状態が危うくなった時期があったそうです。
そんなこともあって、組織運営についても、様々な角度で勉強をされました。そんな中で企業継続の重要性を感じ、事業承継についても考えを巡らされたとのことでした。
社長には2人の息子さんがおられ、長男は学校を出てすぐに会社に入社され、整備部門のリーダーとして成長されていました。次男は他社での営業経験を経てから会社に戻られ、営業マンとして働き始めました。
社長が58歳になられたとき、長男、次男を呼んで後継体制の話をされました。当時、長男は31歳、次男は28歳。遅くとも10年後、できれば7~8年の間に長男に社長を交代したいということを、明確にお伝えになられました。
長男に対しては「社長になることの覚悟」を、次男に対しては「社長を支えることへの覚悟」を持って欲しいとお願いされました。そして、長男、次男がそのことを理解し納得したあとは、親族以外の幹部陣にもそのことをきちんと伝え、「後継体制を支えてやって欲しい」とお願いされたそうです。
その後、長男は社長になるために様々な勉強をされ、組織を率いる上で重要な「使命感」「感謝の気持ち」「他者に対する思いやりの気持ち」など、経営技術以上に、人間性の高まりを感じる程に成長されました。また、次男を中心とした幹部陣も、次期社長となる長男を立てながらも、時には問題提起などをしながら支える姿勢を見せ続けました。
結果的には7年後、社長が55歳、長男が38歳のときに社長交代を実現され、その後、先代社長は会長となり、完全に新社長のアドバイザーとしての機能のみで、日常の経営判断には一切口出しをされていないそうです。
社長交代後も会社経営は安定し、収益を拡大しながら、企業も着実に成長されています。早い段階で事業承継時期を明確にし、一定の準備時間を経て、後継者が社長になるための努力をされ、また、それを支える体制も整ったという、事業承継としては非常に好ましい事例だと思います。
×失敗事例
「親子が不仲で事業承継時期が決められず、組織が混乱しているB社」
整備業を母体に自動車販売で成長をされた、社員20人を超える企業様の事例です。
現社長が69歳、長男が取締役常務で43歳。年齢的に見れば、長男がいつ社長になられてもおかしくないわけですが、経営方針、特に営業方針について、社長と、長男の常務の間で意見が合いません。組織的には、常務が営業部長的な位置づけになっていましたが、営業方針については、社長の考えが優先されていました。常務はそれが面白くなく、部下に対しても、その営業方針について熱心に指導、指示をすることもありません。
年齢的には、いずれ常務が社長になるわけですから、部下の側は、常務にも気を使いながら、それでも社長の営業方針に従って活動をするという、何とも複雑な心理状態におかれています。当然のことながら、業績的にも悪影響を及ぼす状態に陥ってしまいました。
これがもし、現社長と常務である息子との間で、後継に関する話し合いがきちんと持たれ、事業承継時期を決めることができていれば、どうでしょうか。恐らく、営業方針についての多少の意見の食い違いがあっても、後継体制を見据えて、社長と常務がしっかりと話し合って、方針のすり合わせなどもしていたのではないかと思います。それが明確になっていないが故に、社長と常務の意見の食い違いを放置し、結果、組織に混乱をもたらしているという状況になってしまったのです。
こういうことから考えても「事業承継時期を決めること」は極めて重要なのではないかと思います。
シニアコンサルタント 瀬野 幸洋 Seno Yukihiro
1986年大手経営コンサルタント会社に入社。経営戦略策定、管理者育成、営業部門生産性向上支援等のテーマで長年にわたりコンサルティング業務に従事。カーディーラーの営業力強化支援を50拠点以上で実施する等、自動車業界におけるコンサルティング実績も豊富である。
経営幹部・管理者の育成プログラムのトレーナーとして70チーム320名以上の経営幹部・管理者の教育に携わり、その人材育成効果は随一。クライアント企業オーナーからも高く評価されている。
委託販売のカーリンクチェーンではオーナー研修で組織活性化をテーマにした指導も展開している。