【小阪裕司コラム第119話】「美味しい」だけでなく「愉しい」料理とは
【小阪裕司コラム第119話】「美味しい」だけでなく「愉しい」料理とは
あなたは『ゴールデンカムイ』という漫画を読んだことがあるだろうか? この漫画の中ではしばしば料理が魅力的に登場するが、そのなかのひとつにまつわるお話。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある飲食店からの報告だ。
同店主もこの漫画にはまってしまった一人。いわく「(この漫画の中に)アイヌの人たちの料理がでてきたりするのですが、その中にチタタㇷ゚という食べ方があり、エゾ鹿やリスなどを包丁でたたいて、生で食べたり、お鍋にしたりするのですが、これが凄く美味しそう」。それをお客さんらに出したくて、「アイヌジビエコース」というコースを作ることにした。
ちなみに「チタタㇷ゚」とは、動物や魚の肉を包丁や小刀などで叩き、刻んで作る料理。アイヌの言葉で「我々が(チ)刻む(タタ)もの(ㇷ゚)」という意味だそうだ。その名の通り漫画の中では主人公が「『チタタㇷ゚』と言いながら叩け」と指示され、みんなで「チタタㇷ゚」と言いながら叩く。そうして刻まれたものを生で食べたり、鍋にしたりするのである。
さてそうして店主、メニュー内容を考えてみたものの、何か物足りない。なぜかと考えてみて、気づいた。自分は料理を作りたかったのでなく、お客さんに「チタタㇷ゚、チタタㇷ゚っていいながらお肉をたたいてお料理にするイベントに参加してもらいたかったんだ」と。
そこで店主、まずはアイヌのマキリ(小刀)とアイヌの刺繡が入った鉢巻を用意。さらにアイヌの人たちの食べ物に対する考え方や思いを文章にしたテーブルナプキンを作り、その上に木皿を置き、そこで叩いてもらうことに。最後には、囲炉裏が似合いそうな鉄鍋に叩いた肉をいれて食べてもらうことにした。そして実際にこのコースを選んだお客さんには「必ずチタタㇷ゚、チタタㇷ゚と声を出しながらナイフでたたいてください!」とお願いすると、皆楽しそうにやってくれる。そうしてめでたく「愉しいコース」が出来上がったのだった。
人には「お腹を満たす食事」と「心を満たす食事」がある。この“消費の二種類の意味・目的”は、ほとんどのジャンルのビジネスに当てはまる。私は、1997年の最初の著作以来ずっとこのことを言い続けているが、あなたのビジネスではどうだろうか? そしてもし後者もあると思うなら、この店のような、どんな提供の仕方が正しいだろうか?
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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