【小阪裕司コラム第160話】「名入れマスター」安心を売る

【小阪裕司コラム第160話】「名入れマスター」安心を売る

カテゴリ:小阪裕司の「人の心と行動の科学」で商売を学ぶ

【小阪裕司コラム第160話】「名入れマスター」安心を売る

私がかねてより――古くは、2001年刊行の著書『失われた「売り上げ」を探せ!』の頃から――ずっと提唱してきているビジネスコンセプトのひとつに“マスタービジネス”というものがある。これは、簡単に言えば、商人はお客さんの「師」、お客さんは「弟子」である、という考え方。商人は自分の商売の分野においてお客さんよりずっと詳しいし、一方でお客さんは自分の知るべきことを知らず苦労していたり、もっと楽しい世界があるのを知らないまま過ごしているので、それを解決してあげよう、といった意味が含まれたものだ。私は以前から、特に中小企業や個人商店の方々にはマスタービジネスこそが道だと説いてきた。

しかしこの話をすると、当の商人のみなさんは意外と、「“マスター”と言えるほどの領域には達していません」とか、「どのレベルまで高めれば、そう言えるようになるのでしょうか?」とおっしゃる。そこで、今回はこういうお話をしたい。

ある地方の文具店でのお話。そこでは毎年春の入学シーズンになると、小学校入学用品を準備する親御さんたちで賑わう。学校側は準備物を事細かに説明はしないので、何が必要か、名入れはどうやるのかなど、毎年お客さんから質問を受ける。また、鉛筆には名入れができたり、同店では名前シールの注文もできるのだが、知らない方が多く、入学準備の中でも特に名入れは大変なため、入学式当日には徹夜で目の下にくまが…などということも珍しくないそうだ。

そこで同店はある年から、「小学校入学用品チェック表」なるものをオリジナルで作成。その数多い準備物それぞれに、どのように名入れができるか、そのためのツールやサービスを列記。SNSでは、それら名入れツールをまとめて写真を撮り、「名入れツール見本」として発信した。 するとその年からお客さんの行動が激変。自分でチェック表を見て、名前シールの申込書を書き込んでレジに持ってくる方が続出。それまで、場合によっては1人のお客さんに1時間くらい付きっきりになっていた接客状況も緩和された。そして何よりお客さんが、それまでは「どうしたらいいの?」と不安な質問が多かったのが、「なるほどね~!」という安心の声に変わり、会話も前向きな話で弾み、入学後の勉強サポート商品のご案内にまで話が進むようになったとのこと。

これぞ“マスター”である。彼女らに名前を付けるとすれば「入学準備マスター」「名入れマスター」とでも言おうか。このような例を通じて考えると、多くの商人がすでにマスターであることに気づける。気づけばそこからマスタービジネスが始まるのである。

小阪裕司

小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)

山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。

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