【小阪裕司コラム第162話】「お客さんの価値にする」という責務
【小阪裕司コラム第162話】「お客さんの価値にする」という責務
これまで数回に渡って、私が提唱している「マスタービジネス」について、事例を交えお話ししてきた。今回、「マスター」の思いとはこういうものだ、という話をお伝えし、一旦この話題は区切りとしよう。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の住宅・リフォーム会社にお勤めの営業の方からのご報告だ。
この会社では、かねてより「耐震性能を重視する」社としての考えがあり、お客さんにも訴求してきた。ただ、かかる費用が数百万となると、受け入れてくれるお客さんもいれば、そうでない方もいる。彼も、営業という立場ではあるが、耐震工事をやるべきと強く伝えようとすると、「地震が来たら家が倒れますよ!」と煽るようなトークになってしまいがちで、二の足を踏んでいた。その結果、受け持ち顧客の中にも、耐震工事を行ってくれた顧客とそうでない顧客がいた。
そんななか、2022年3月16日、宮城と福島が震度6強の地震に見舞われた。そこで、顧客の明暗は分かれた。
地震後、彼が顧客らに即座に連絡を取ると、耐震工事を施工済みだったお客さんからはそろって、「こちらは大丈夫です」「被害なしです。他の家より揺れが小さかったようです」「工事しておいて良かったと、家族で話してましたよ!」と、感謝の声が寄せられた。
一方、工事をしなかったお客さんは軒並み被害に遭われた。
それを目の当たりにし、彼は、「なぜこの方々に耐震工事をしてあげられなかったか」と、耐震性能の価値を伝え・教えきれなかったことを後悔した。「お客さんが『選ばなかったから』ではなく、『お客さんの価値にできなかった自分の責任』」という思いを持ったという。
これぞ「マスター」に通ずる思いだ。
お客さんに価値を伝え、この場合で言えば地震に遭ったとき、お客さんが損失のないようにすることは自分の責務、そう思えば、伝える姿勢が変わってくる。どうすれば価値が伝わるかを考えに考えるし、ときには煽るような言い方も辞さないだろう。
そして、それを聞いたお客さんが、その価値に気づいて施工すれば、次に地震にあったとき「やってよかった」と心から思い、喜ぶことになる。
「お客さんが『選ばなかったから』ではなく、『お客さんの価値にできなかった自分の責任』」――そう思うところに、「マスターの矜持」とも言うべきものがあるのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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