【小阪裕司コラム第20話】「冷え切らない」こその価値を生む
【小阪裕司コラム第20話】「冷え切らない」こその価値を生む
あなたが居酒屋を経営しているとして、夏の最中、冷酒用冷蔵庫の調子が悪くなり、お酒がいまひとつ冷え切らない状況になったとしよう。そんなときあなたは、冷えた冷酒を楽しみに来たお客さんにどう対応するだろうか?
ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員のある方から、面白い事例が届いた。彼が学校時代の同級生が営んでいる居酒屋に飲みに行ったときのことだ。まさに冷酒を楽しみに来店した彼。
「大将!夏はやっぱり冷酒がイイね。冷酒一杯お願い!」とオーダーしたところ、店の大将から帰って来た言葉は「すまん。今冷酒用の冷蔵庫が壊れてて、全ての冷酒が冷えきってないんだよ」。
ワクワク系に出会う前の自分であれば、
「本当かよ!それを楽しみに来たのに何やってんだよ!
『冷酒ありません』くらい入り口に書いとけよ!」
と言っていただろうと彼は言う。
しかし今やワクワク系を実践し、ワクワク系脳になっている彼は違った。
「冷え切らない」という状況を逆手に取り、「冷え切らないからこそ生み出せる価値」を考えた。
そして、この日の特別メニューとして、こう表記することを思い立った。
「本日飲んで頂きたいお酒は『純米酒』。その旨味を最高に引き出す温度、それが涼冷え(15 度前後)」。
実は日本酒には温度が5度変わるごとに呼び名が変わるものがある。例えば、5度は「雪冷え(ゆきひえ)」、10度なら「花冷え(はなひえ)」、そして15度なら「涼冷え(すずひえ)」である。
ちなみに20度くらいで「常温」なので、冷え切らないことで15度くらいに保たれているお酒は、絶妙な「涼冷え」となる。
もちろん、こういう洒落た呼び名があるくらいなので、この温度だからこそ旨味が引き立つお酒がある。
それを知っていた彼も相当な酒好きと言えるが、ここで大切なことは、このように物事を異なる側面から見られる力、そこに潜む価値を見出す力、そしてその価値を適確に伝えられる表現力である。
先ほどの言葉を紙に書き、実際店に貼り出すと、ご新規様2名が早速ご注文。
そのうち1名は「このお酒、本当に美味しいね。説明も親切だしまた来るよ」と言っていたという。店の大将は、瞬時にこの貼り紙を書き上げ、瞬時に現れた目の前の結果に一時呆然。「いったい、何が起こったんだ?」という表情だったそうだが、彼は言う。
「毎日毎日ワクワク系を観て、聴いて、感じているからこそ」できたことだと。いつも言うことだが、こういう力を鍛えることこそが今日、どんなときも成果を生める源となるのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。