【小阪裕司コラム第51話】あの震災のときと同じことが今
【小阪裕司コラム第51話】あの震災のときと同じことが今
かつて、東日本大震災のときにいただいたある化粧品店の事例を、当コラムの前身である日経MJ紙のコラムで取り上げたことがある。
今このコロナ情勢下で、私が主宰しているワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)の会員からは、あのときと実によく似た報告が続々と届いている。
そこで今日は、かつての事例を振り返ってみたい。
(以下、2011年当時のコラム掲載文からの抜粋)
先日、期せずして滋賀県と愛知県の化粧品店主から、この3月の業績のご報告をいただいた。
3月11日を挟んだ当月の売上についてだが、驚いたことに、片方の店は前年比145%、他方に至っては約180%だった。
ちなみに、前者はショッピングセンターへテナント出店している店、後者は小型の路面店である。
その期間店主らが訴求した特典には「ポイント3倍」や「300円分の金券」などがあったが、今回特筆すべきは、販促期間中に震災があったことだ。
特典を謳った集客ハガキなどは、震災直後に投函されている。
受け取った顧客はどう感じたのだろう。
この時期、全国的に消費者の気持ちは「ポイント3倍だから買いに行こう」とはなり難かったはずだ。
ところが彼らの店では、大勢のお客さんを迎えて対応に追われたほどだった。
それは「3倍だから」「金券があるから」というだけの動機ではない。
ここは大切なポイントだ。顧客にとっては、彼らの店で買い物をするひとときが楽しく、震災直後のなんとはなしに沈んだ気持ちが癒されて心がほぐれる面が多分にあったのではないか。
しかし一方で、こういうきっかけが与えられなければ心は冷えたままで、「よし、あの店へ行こう」とは思わない可能性も多々ある。こういうアプローチが顧客にとっても「楽しいことをする」行動のきっかけとなる。
多くの顧客にとって、そこは心がワクワクする場所だ。そういう存在になることをめざし、店主らも店作りや顧客とのコミュニケーションに励んできた。
そんな店から届いたハガキを見たとき、顧客はそこへ行きたい、楽しく過ごしたいという気持ちになったのではないだろうか。
ここまでが当時の文だが、こうして振り返ると、今続々と届いている報告と、本質的に同じことが起こっていることが分かる。
「なんとはなしに沈んだ気持ち」を解きほぐし、以前に戻れる機会を今回もまた人は欲しているのだ。
私は、4月に行った緊急ウェビナーの際、「緊急事態宣言が解除されたら、お客さんに買い物の愉しさを思い出させてあげてほしい」と言った。
そのきっかけを与え、一方で“新しい日常”を踏まえ、その中なりの買い物の愉しさを創り出し、与えられること。それが価値創造型の商人の、変わらぬ役割なのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。