【小阪裕司コラム第152話】「商品力の強化」のためには
【小阪裕司コラム第152話】「商品力の強化」のためには
最近、企業や業界団体からの研修の依頼が増えているが、そこでしばしばテーマとなっているのが「商品力の強化」だ。商品力はあった方がいいし、私もその強化を図ることには賛成だ。しかし、ワクワク系的にはその前に見直してほしいこと、私のこれまでの経験から多く見過ごされていることがある。そこで、もうずいぶん前の連載コラムでご紹介した、ある食品スーパーでのお話を再度題材にしよう。美味しいと自負しているが売れていなかった商品が、ある「強化」で売れる商品に変わったというものだ。
この食品スーパーの鮮魚売り場に「まぐろのカマ照り焼き」という商品があった。このチェーンでは各店で扱っているが、関係者には美味しいのに思ったように売れない商品とされていた。その理由をある店のチーフに尋ねてみると、「手間がかかっておいしいんだけど、価格がね」という返答。単価は400円。他の商品と比較して高価で売れないとの見解だ。そこで販促担当者が、その「手間がかかっている」点はどの点なのかと聞いたところ、「焼き上がるのに、業務用のオーブンで25分かかるんだよ」と言う。しかし商品のパックには、価格など最低限の表記しかない。そこで彼は、「焼き上がりまで25分!?」というキャッチに、「焼き上がりまでなんと25分かかります。じっくり焼き上げたこそのおいしさです」と記したPOP(店頭販促物)を作り、掲示してみた。
すると、そのPOPを立ち止まって眺める人が現れ、商品は面白いように棚からなくなり始め、あっと言う間に売り切れてしまった。次には、商品がなくなってもPOPは掲示してあることから、「このカマはないの?」と尋ねる人が現れ、「じっくり焼き上げるので25分かかります」と応えると、「後で来るわ」というお客さんが続出。こうしてこの商品はこの店で「売れる商品」となったのだった。
さてここで話を「商品力の強化」に戻そう。この商品は商品力を強化したから売れるようになったのだろうか? 売れなかったときは、価格に対して商品力が弱かったのだろうか? そうではない。お気づきの方も多いと思うが、売れなかった理由は、この商品が持つ価値が伝わっていなかったから。売れる商品になった理由は伝わったから。つまりここで強化されたものは「商品力」ではなく、そもそも強かった商品力を「伝える力」である。このことは今もなお、大変多くの商売現場で見過ごされている。そこを見直す前に「商品力の強化」に走ることがないよう、わが読者には伝えておきたい。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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