【小阪裕司コラム第271話】「効率を下げる」と「売上が上がる」?2
【小阪裕司コラム第271話】「効率を下げる」と「売上が上がる」?2
今日は前回の続き。法人向けに清掃や水の配達などを行っている会社が、巡回ルート当たりの件数を2割減らす「非効率な」やり方に切り替えた。その結果、解約率はたったの1%になった。なぜこのようなことが起こるのか。それがビジネスにとってどう、決定的に重要なのか。
実は、この取り組みにはきっかけがあった。顧客の解約が際立って少ないルート担当社員がおり、他の担当者とどこが違うのかを調べると、顧客とおしゃべりをしていることが分かった。同社ではルート回りで商品販売も行うが、この担当者は販売成績も良い。聞くとやはり、理由はおしゃべり。その合間に「今日宣伝したいものがあるんですけど」と切り出すと、「ああ、何?聞くよ」となり、スムーズに買っていただける。「これ買うと、あなたの成績になるんだよね」と積極的に買ってくれる方も少なくないとのことだった。
では、どの社員も顧客とおしゃべりをすればいいのではないか――この取り組みを推進した同社常務はそう考えたが、1ルートあたりの件数は効率を考え目一杯組んでいる。そこに指示をしても、多くは「余裕がなくてできません」となるのではないか。そこで今回の「非効率な」ルート巡回を考え、実行したのだ。社員を送り出す際かける言葉は、「お客さんとしゃべっておいで」。それが、どういう効果をもたらしたかといえば、先述の通りである。
このような成果が得られる理由はシンプルだ。人にとって、「安く買う」ことも大事だが、「誰から買うか」はそれ以上に大事なことなのだ。ここでは「おしゃべり」を通じて「この人(この会社)から買いたい」という気持ちが育ち、この成果を生んだ。もっとも同社では「おしゃべり」の他にも顧客からこう思ってもらうための手立てを打っている。それらすべてが相乗効果となって、このような成果が生まれるのである。
そしてビジネスにおいて決定的に重要なことは、顧客の離脱が圧倒的に減ったことだ。特に同社が提供している清掃サービスや水は、解約されない限り提供が続き、売上を生み続ける。新規客の獲得にも焦る必要がなくなり、ハードな営業も行わなくてすむ。「おしゃべり」がビジネスを善循環させていくのである。
しかし、こういう決断はなかなかできない。一見実に「非効率」なことを行い、近視眼的には成果が見えないからだ。ゆえに多くの会社は常に効率化に邁進する。だからこそ、今回のような決断のできる会社が愛されていくのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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