【小阪裕司コラム第287話】店頭の機械をニックネームで呼ぶと
【小阪裕司コラム第287話】店頭の機械をニックネームで呼ぶと
前々回、前回と、ささやかなことが「共鳴価値」を生むお話をした。それがこれからの社会でより大切となる「つながり」も生むのだと。あなたにもぜひ取り組んでもらいたいゆえ、今回も同様の事例をお伝えしよう。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある米穀店からのご報告だ。
同店では、店頭に玄米30kgの紙袋を並べ、お客さんが選んだ米をその場で精米し、販売する方法をとっている。その種類、24銘柄。店頭には精米機が2台並び、店に導入した時期によって色が異なる。古い精米機は紫色。新しい精米機は緑色。店主らは、今年になってからこの精米機にニックネームをつけた。古い方は「紫式部」、新しい方は「緑ちゃん」だ。毎日その名前を呼びながら、精米機を動かしていた。
そんなある日ふと思い立った。「この社内用語をお客様にも広めたらどうなるのか?」。そこで、早速実行した。それぞれに「紫式部」と「緑ちゃん」と名前を貼り、それらしいイラストも制作し、貼り付けた。お客さんに広く伝えるため、毎月送っているニューズレターにも掲載するなどしたところ、お客さんとの会話が変わった。
普段からニックネームで呼んでいたことを説明するとお客さんは笑顔になり、イラストを見るとさらに笑顔になる。愉しそうに声を出して笑ってくれるお客さんもいる。なかには、「どちらが古いんですか?」と質問するお客さんもいる。その返しは、「もちろん紫式部です。と言っても平安時代ではないですよ。平成生まれです」。また、機械の調子が悪いときは、こんな会話になる。「昨日から『緑ちゃん』機嫌が悪いんです。だから変わって今日は『紫式部』が精米します」。
以前は、精米機が動き出すと動作音が大きく、会話が困難になり、精米機が動いている間はつい無口になっていたと店主は言う。「無機質な精米機にイラストを貼ることで、ほとんど費用もかけず、簡単な方法でお客様との愉しい会話の量が増えることになりました」。
われわれの商売現場での事実を見る限り、現代のお客さんは、老若男女を問わず、こういう会話が生まれるお店が好きだ。そこには無言の買い物にない愉しさがあるからだ。そしてその「愉しさ」は店主の言うように、費用もかけず、こんな簡単な方法でも生むことができる。ぜひ取り組んでみてもらいたい。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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