【小阪裕司コラム第15話】客を育てる
【小阪裕司コラム第15話】客を育てる
先日、ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、ある旅行社のWEBメディア責任者からご報告をいただいた。彼がこの2年推進してきた、WEBメディアの成果についてだ。
彼曰く、巷にあふれる旅行の販促広告は、「今すぐ客」を相手にしている。旅行を探している、行きたいところが決まっている、他社と比較している、そんなお客さんを競合他社間で奪い合っているのが現状だ。
しかし、旅行業の将来を考えると、それだけでなく、旅行にいつかは行きたいが
時期や場所はあいまいな「そのうち客」や、日ごろは旅行に行きたいと思って
いない「まだまだ客」など、幅広い層まで見据えた情報発信を行い、動機づけを
行っていくことが必要だ。
しかし、広告の費用対効果が優先され、いきおい「今すぐ客」向けとなってしまう。
そこで彼の”記事サイト”では、今すぐ客に今すぐ旅行商品を売ることはせず、「こんないい所があるよ」「行ってみたら楽しかったよ」という口コミ寄りの情報をコツコツと発信していくことで、「まだまだ客」→「そのうち客」→「今すぐ客」へと育成していく役割や、セールス一辺倒の情報でないため、情報収集、比較検討している顧客層の背中を押す役割を持たせることを考えた。
その内容は次の3つ、
- ユーザーのためになる情報
- ユーザーが求めていると思われる情報
- 旅行パンフレットや広告にあるようなセールストークではなく、
ライターが自分自身で見て聞いて感じた生の本当の情報
に徹底し、コツコツと発信し続けてきた。
そうして2年が経ち、成果は現れた。
当初目標としていた「設立後3年で、月間訪問者数50万人」は、3年を待たず、
月間訪問者数130万人を超え、このなかから直近では月間約150名の新規利用客も獲得できるようになり、予想以上の成果となったのだった。
客を育てる――それは商いにおいて大切な取り組みだ。昨今、短期の成果、目先の費用対効果が優先されがちだが、長い目で見ればそれは商いの寿命を縮めているかもしれない。
そのようなことが業界全体で行われると業界そのものの存亡にも関わるが、そうしてしまった結果、「〇〇離れ」の言葉でよく語られるように、お客さんがいなくなっていくかもしれない。その多くは、客を育てることに目を向けなかった結果だが、そうならないためには今回の彼のような、ユーザー目線の、地道な活動が不可欠だ。
商いというものを、常に長い目で見ておきたいものである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。