【小阪裕司コラム第58話】冷めた空気に気がつくか

【小阪裕司コラム第58話】冷めた空気に気がつくか

カテゴリ:小阪裕司の「人の心と行動の科学」で商売を学ぶ

【小阪裕司コラム第58話】冷めた空気に気がつくか

ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)のある自家製漬物製造小売業の店主からのご報告。

漬物といえば試食がつきものだ。同店でもこれまで店内中央の試食台に約 20 種類を並べ、お客さんに自由に食べてもらい、その際は湯呑で美味しいお茶をふるまうのが通例だった。

しかし今回のコロナ禍で、大きく変わった。
その「当たり前のこと」が、感染対策上出来なくなったのだ。

同店でも2月末から店内の試食をとりやめた。
その途端、店の雰囲気が変わったことを店主は感じた。

報告書によると、「これまで絶え間なく聞こえていた『美味し~い!』とか、『何これ~!』というお客様の喜びや驚きの声が店から消えました」。

そしてその代わりに、静かに入って来て、静かに出て行かれるお客さんの数が増えた。
そうして試食をやめて3日も経つと、「この店内の様変わりしてしまった、面白みがなく冷めた雰囲気に危機感を覚えた」という。

そこで彼が始めたことは、お茶は使い捨ての紙コップで、試食は数品をパックにして、個別に食べていただくことだった。思いついたものの、実際行ってみると想像以上に大変。なにしろ手間がかかるのだ。

1日100人に試食してもらおうと思ったら、以前ならその分試食台に出しさえすればよかったが、今回は試食パックを100人分作らなければならない。

それでも店主は作った。なぜか。店主は言う。「それはもちろん、冷めてしまったお店の雰囲気を元に戻し、お店の温度を上げるためです」。 が、もうひとつこういう方式に変えたことによる新たな狙いもあった。

それはパックされていることで、試食台に並んでいたら手を出さないかもしれないあまり注目されない商品も食べてもらえることだ。

それには思惑通りすぐさま反応があり、小パックに入っているひと切れを食べて「なにこれ~!」「これ美味しい!」「これはどこにありますか?」となった。結果、それらの商品は、前年比約280%、1600%と大幅な伸びとなった。

ここで重要なことは、「店内の冷えた空気」、その以前との違いに気がつき、危機感を感じられる彼の感性だ。
今回は結果的にある商品が大幅な伸びとなったが、それはいい意味で副産物。

自店はお客さんにどんな喜びを提供する場であるのかの認識と、それがちゃんと提供できているかどうかをお客さんの反応や店の空気から感じ取れる感性の延長線上にこの成果がある。

いつも言うことだが、商いの成果とは単純な策の結果ではない。だからこそ彼らの商いの現場は、このような時勢にあっても常に、生気にあふれているのである。

小阪裕司

小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)

山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。

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