【小阪裕司コラム第59話】漁師さんたちの新たな商売の芽
【小阪裕司コラム第59話】漁師さんたちの新たな商売の芽
ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)のある水産業の方からのご報告。
同社は海苔養殖を主体としているが、海苔のシーズンオフには、定置網で魚を捕ったり、牡蠣の養殖も行っている。
そんななか、コロナ情勢が色濃くなっていった3月下旬から緊急事態宣言下の5月まで、実は例年なら定置網のシーズン。
通常は捕った魚を漁協が仲介して仲買に出荷しているが、今年はご存じの通りの社会情勢。近年になく大漁だったにもかかわらず、主な卸先である飲食店が閉店状態のため売り先がなく、魚価が低迷していた。
とはいえ、コロナ自粛でずっと外出も外食もできずに、ストレスも溜まり、せめて自宅でおいしいものを食べたいと思っている人たちがたくさんいるはず。
そう思った彼は、昨年から仲間の漁師や島の有志で立ち上げたグループのメンバーと相談し、「漁師のおまかせ便」という通販を始めてみることにした。
「漁師のおまかせ便」とは、その日捕れた魚を、その日のうちに発送するサービスだ。
定置網では特定の魚種を狙っているわけではないので、何が捕れるかは漁に出ないと分からない。よって、何が届くかも届いてからのお楽しみ。
2500円、3500円、5000円の3コースを用意したが、同じコースでも毎回同じ内容とは限らない。ちなみに魚は、うろこと内臓の処理をしてから発送する。
さてこの試み、結果はどうだったか。
告知を始めて約1か月で300件以上の注文をいただき、約110万円の売上と、初めての試みにしては、結果は上々。作った料理を投稿してくださいとお願いすると、投稿も多数。メルマガ登録者は200名を超えた。
この約1か月の期間に、多い人では5回も注文してくれ、リピーターも多数。
ネットでの注文方法が分からないからと、毎回電話かラインで注文してくださるご年配の女性は、今ではお母さんのような口調で、「無理しないでいいからね」「忙しそうだから急がなくてもいいよ」などと言ってくださるとのこと。
報告書には、この1か月の経緯の詳細や、例えば送る発泡スチロールの箱に「瀬戸内海の小さな島から笑顔の種を」と書くなどの細やかな実践まで様々書かれていた。
ところで、このエピソードを読み、これはコロナ情勢下で漁師さんたちが急きょ行った通販・直販の成功事例だと思うだろうか。それはもちろんそうなのだが、ここで特筆すべきは、彼らと購入客との間に絆が生まれつつあることだ。
そこには、新たな商売、ビジネスモデルの芽が出ているのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。