【小阪裕司コラム第71話】「鈍感ですみません…」

【小阪裕司コラム第71話】「鈍感ですみません…」

カテゴリ:小阪裕司の「人の心と行動の科学」で商売を学ぶ

【小阪裕司コラム第71話】「鈍感ですみません…」

今、コロナ感染予防対策として奨励されている手指消毒。特にお店では、入り口に消毒液のボトルやセンサー付きの機器が置いてあることが当たり前となった。

ただ、よくあることが、機器のセンサーの感度がよくなく、なにげに手を差し出しただけでは消毒液が出て来ないことだ。

そこを何度か根気よく行うとそのうち出てくるのだが、見ていると、なかには一度でやめてしまい、そのまま消毒せずに入店する方もいらっしゃる。あなたが店主だとして、そんなとき、どのように解決するだろうか?

あるワクワク系(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を、われわれはそう呼んでいる)の靴店でも同じ悩みがあった。

お客さんには「すみません。反応が悪いので、もう少し手を近づけてみてください」などと声掛けをしていたが、お客さんの方も「やり方が悪くて出ないね…」などと、店にもちょっと残念な雰囲気がただよってしまう。

そこで彼らは解決のために、機器に小さな張り紙をした。そこに書いたのは次の文言だ。「鈍感ですみません…。黒いセンサーに近づき数回消毒液をおかけください」。

こう語りかけるだけで雰囲気は変わる。しかし彼らは、まだ足りない、もっとお客さんが笑顔になるような書き方はないかと考え、もうひとひねりした。先ほどの「鈍感ですみません…」に続けて、こう書き加えたのだ。

「一発で出たら『大吉!』。きっと良いことが待ってます。コツは黒いセンサーに手を近づけることです。幸運を祈ってます」。

すると、店内の雰囲気は一変した。「やった!大吉だ!」と叫ぶ人、「一発でうまくいった!」と喜ぶ人など多数。きっちり手指消毒してもらえるだけでなく、笑みがこぼれ、会話のきっかけにもなり、店の雰囲気がいい雰囲気になったという。

ご存じの方も多いと思うが、「ナッジ理論」というものがある。ナッジ理論とは、表現を改善することで人の行動が変わることなどを経済理論化したもので、海外でも様々な事例がある。

この理論の提唱者であるリチャード・セイラー氏が2017年にノーベル経済学賞を受賞したほどのものだが、今回の靴店主の実践はまさにそれだ。

こうするだけで人の行動は変わるのだから、今社会課題になっている手指消毒の徹底も、まさに個々の現場で、このようなナッジ理論的な工夫をすればよい。

そして彼の実践がそれ以上のものであるのは、「行動が変わる」上に、
「笑みがこぼれる」状態までをも作り出したことだ。

お客さんの行動を変えるだけでなく、「もっとお客さんが笑顔になるように」と考え実現する。そういうところに、ファンが集う店ができるのである。

小阪裕司

小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)

山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。

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