【小阪裕司コラム第73話】言葉の持つ力
【小阪裕司コラム第73話】言葉の持つ力
前回、前々回と、ワクワク系(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を、われわれはそう呼んでいる)のお店での、「ちょっとした言い方・表現の仕方の違い」が結果を大きく変えた事例をお話しした。
当会には20年にわたる実践活動を通じこうした事例が数多く蓄積されているが、今回は、2010年に日経MJの私のコラムに書いた事例を再度お伝えし、考察したい。
賞味期限が迫った商品を見切り処分するのはどこの食品スーパーもやっていることだろう。
それらの商品を一ヶ所に集め、半額などの値引きシールを貼って販売しているのもよく見られる光景だ。この光景をたった一言で変えた店主がいる。
地方の町で食品スーパーを営む彼も、それまでは処分品を一ヶ所に集め、「どれでも半額!」と書いたPOP(店頭販促物)を付けて販売していた。しかしあるとき遊び心でふと思いつき、言葉を次のように変えてみた。
「あと少しの命です。お助け下さい」
この一言でお客さんの行動は劇的に変わった。まずは処分品の売れ行きが良くなり、毎日のように出ていた廃棄商品が、POPを変えてからはほぼゼロになった。
そればかりかお客さんからは、「こう言われると弱いのよね。助けたくなっちゃうわ」「良いことをした気分だわ」という声や、処分コーナーが空のときは、「今日は助けてあげられなくて残念」という冗談まで聞かれるようになった。
店主からの報告書にはこうある。「会計の際に申し訳なさそうに『半額ばっかり買って悪いわね』などと言うお客様もいません。代わりに『助けてあげたよ』とにこやかに言う方が増え、お互いに気分の良い状況が生まれています」。
実に興味深い話である。これは、「お助け下さい」というお願い口調で購入をより強く動機づけると同時に、処分価格になった商品をあえて買うことの気恥ずかしさを無くすことができたということだ。
しかし着目すべきは後者だろう。「お客様の買いづらい気持ちを察して、ストレスなく買い物ができるようにしてあげることの大切さに気づきました」と彼も言う。
この事例もまた、「ちょっとした言い方・表現の仕方の違い」によりお客さんの行動が変わったケースだ。また店主の報告にあるように、それだけでなく、お客さんの気持ちや店の雰囲気も変わった。
これは前々回の自動消毒器の事例も同様で、このような心和む雰囲気作りも、POPのたった一言で成せるものだ。
「言葉の力」は、多くの人が思うよりずっと大きい。売れなかったものが売れるようになるのも、お客さんの行動が変わり気持ちが和むのも、言葉ひとつによって作り出せるものなのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。