【小阪裕司コラム第77話】いつからでもやり始めれば
【小阪裕司コラム第77話】いつからでもやり始めれば
先日、ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)の会員で、昨年オープンしたばかりのパン屋さんから、ある実験のご報告をいただいた。
それは昨年のオープンのとき、あえてワクワク系を使わなかったというものだ。
なぜ、「あえて」使わなかったのか。実は店主はそれ以前に別の場所にカフェをオープンしており、そちらではワクワク系をオープン当初から活用、今や多くのファン顧客に囲まれて商売をしている。
ただ昨年、新たな店をオープンさせるにあたって、考えた。「ワクワク系がすばらしいことは分かるけど、やらなかったらどうなるのかを知らないので、本当にワクワク系的にやったことの効果によって今があるのかどうかが分からない」。
なにせ彼女は先のカフェが初めてのお店。まさに「ワクワク系をやっていない状態を知らない」のだ。
そこで次のパン屋では、ワクワク系の基礎である「絆作り」をやらない、さらには、ワクワク系のもうひとつの基礎的実践「動機づけ」も店内では行わないことにしてみたのであった。
そうしてオープンから3か月、まずワクワク系的には「何もやらない」時期を過ごしてみた。オープンしたのは5月。その後7月まで月間売上は伸びたが、一般的にパン屋の売上が落ちると言われる「魔の8月」を迎えると、売上はがくんと落ちた。
そこで9月からワクワク系をスタートすると売上は持ち直し、11月からは客単価もぐんぐん上昇、その後コロナが来たものの、売上は昨年を大きく上回り、客単価の上昇と相まって業績は好調。
そんななか、今年も「魔の8月」は来たが、8月の売上で比較すると、昨対185%となった。
最初の3か月の体制について、彼女の報告書にはこう書かれていた。
「入店のための動機づけはお店の周りの看板だけ。お店の中のPOP(店頭販促物)などは商品名だけ」
「ニュースレターもセールスレターもなし。郵送はもちろん手渡しもしない。ショップカードもなし。お客さんとつながりを作るためのツールも、方法もなし」。
そしてそのお店の状態を彼女はこう言った。「普通のパン屋」と。この違いが今、この先の明暗を分ける。
新店であれ、以前から営まれている店であれ、今日、経営を安定させ、商売を持続するためには、やらなければならないことがある。
たとえそれが、以前からの常識からは「普通でない」ことでも。それをやっていないところにコロナ禍のようなものが来ると、商売はより厳しい状況になる。
しかし彼女の実験が示すように、いつからでもやり始めれば、また商売は上向いていく。
たとえコロナ禍でも。もちろん、今からでもまったく、遅くはないのである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。