【小阪裕司コラム第78話】新しい「普通」を生きるには
【小阪裕司コラム第78話】新しい「普通」を生きるには
前回、ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)の会員で、昨年オープンしたパン屋さんが、オープン時にあえてワクワク系を使わない実験を行ったお話をした。
その実験中の自店のことを店主は「普通のパン屋」と呼んだ。ここが今日極めて重要なので、今日はこの点に焦点を当ててお話ししよう。
「ワクワク系を使わない」とは、どういう状態か。
それは店主によると
「入店のための動機づけはお店の周りの看板だけ。お店の中のPOP(店頭販促物)などは商品名だけ」
「ニュースレターもセールスレターもなし。
郵送はもちろん手渡しもしない。ショップカードもなし。
お客さんとつながりを作るためのツールも、方法もなし」
ということなのだが、その状態を「普通のパン屋」と彼女は呼ぶ。
確かに私も近所のパン屋で頻繁に買い物をするが、彼女の言う通り、どの店もその状態。
つまり、彼女の店が“異常”ということなのだが、その異常な同店の売上は、今日、前年比で大きく伸びている。
ここで、先々週に配信したこのコラムでの、墓石店の話を思い出してほしい。彼がまず行ったことのひとつは、同社が過去に建てたお墓を調べて回り、顧客名簿を蘇らせることだった。
このコラムに書いた後、当の墓石店主に詳しく聞いたが、彼曰く、「一般的に、石材業界では名簿は作らない。うちの会社もそうだった」。
もちろんお墓は誰が買ったか分からない商品ではない。
「名簿を作らない」とは、その後そのお客さんと関わることがないという意味だ。
なぜそうしないのか。「リピートがない」というのがその理由だ。
しかし前々回お伝えしたように、この夏以降の彼の店の好業績は、その「リピートしない」顧客に支えられている。
そして、そんな彼の店を視察に来たり、彼が何をやっているのかを聞いて多くの同業者がつぶやくのは、「うちは普通の墓石屋だからなあ…」という一言だそうだ。
前回のコラムの締めに私はこう書いた。
「新店であれ、以前から営まれている店であれ、今日、経営を安定させ、商売を持続するためには、やらなければならないことがある。たとえそれが、以前からの常識からは『普通でない』ことでも」。
これをもう一歩踏み込んで言えば、今や「普通」が変わったのだ。なぜなら、世界が変わったのだから。
折しもコロナ禍で「ニューノーマル」という言葉が叫ばれる。あらゆるものがそもそもものすごい勢いで変わっていたところにコロナが来て、一層加速して新しい「普通」が来ている。
その新しい「普通」を生きていくにはどうするか。その答えは案外ある。ぜひそこに舵を切っていただきたいものである。
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。