【小阪裕司コラム第322話】価格を「時価」と表示してみたら

【小阪裕司コラム第322話】価格を「時価」と表示してみたら

前回、前々回と、ある沖縄の飲食店併設ゲストハウスでの実践をご紹介した。何気なく行っていた値付けや「飲み放題」をやめ、代わりに価値を語ったら、酒類の売上が5倍になったお話だ。その報告を読みながら、ふと以前のある事例を思い出した。あるおむすび店でのことだ。
同店はデパート地下の食品街にある。あるとき、魚の新しい仕入れ先ができ、旬や、その日の状況により、日替わりで様々な種類の魚を仕入れられるようになった。元々おむすびの具材としても魚を使い、店頭で数種類の焼き魚も売ってきた同店だが、これまで、その種類はほぼ決まっていた。だが日替わりならばお客さんにもより楽しんでもらえるのではないかと考え、日替わり焼き魚の導入となった。
ただ問題は値付けだ。魚種も仕入れ値も毎回変わり、朝にならないと何が入って来るか分からないため、プライスカードとPOP(店頭販促物)をあらかじめ作成しておくことができない。そこで店主は、以前から高級寿司店のようでやってみたかったことを試すことにした。それは、価格を決めず、「時価」と表示することである。

しかし、販売場所はデパートの地下。そこで「時価」などと表示している店はなく、「価格も書いていないなんて」、とお客さんから怒られるかもしれないと内心どきどきしていた店主だったが、始めてみると大好評。結果的には、並んでいる焼き魚のなかで、日替わり・時価の焼き魚は一番の人気商品となった。
そして店主が驚いたことは、価格を聞いてくるお客さんがほとんどいないことだった。同店でも、通常おむすびなどの値決め時は、原価を踏まえ、相場も考え、同業者の店もまわり、熟慮して妥当と思われる価格を決めていた。しかし価格に関して、自分たちは気にし過ぎていたのではないかと、店主は言う。おむすびならこの価格帯とこちらは決めつけていたが、価格を気にせず価値を追求していってもよいのではないかと。
この話は、前回、前々回とお伝えした泡盛の事例とも相通ずる。お客さんが価格を聞かない背景には、まさかおむすび店の焼き魚が手が出ないほど高価ではないだろうという安心感もあろう。しかしここで店主が言うお客さんにとっての価値と価格の関係も、また考えるべきことだ。とかく売り手は、価値より価格を重く見過ぎる。一方お客さんは、とても払えないような価格でない限り、いつも価値に最も重きを置いているのである。

小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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