【小阪裕司コラム第233話】「今、洗濯機壊れてます!」
【小阪裕司コラム第233話】「今、洗濯機壊れてます!」
前回、顧客に送るニューズレターに、自分の母親が認知症になったという、やや重く、プライベートな話題を書き、それがポジティブな反響を生んだ話をした。「そんなことを書いて大丈夫か」という心配もあるかもしれないが、人と人とのコミュニケーションとは、案外そういうものだ。そこで今回は、またまた「そんなことを書いて大丈夫か」というような例だが、名札を使った例をご紹介しよう。ワクワク系マーティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、バーからのご報告だ。
そのバーは、厳選されたウイスキーを出す、本格派のバー。その〝こだわりの本格派〟な感じとある意味ギャップのある名札を作り続けているのだが、これがなんともユニークなもの。名前を一度も書いたことがないという名札なのである。
では何を書いているのかといえば、例えば店主の名札には「鶴は千年、亀は万年、僕はバーテンダー歴30年」「国産ウイスキーをこよなく愛するバーテンダーです」「趣味 極真空手」、マダムの名札には「昔雅楽やってました。越天楽はハナ唄でうたえます」。
これならまだ自己紹介なので名札的とも言えるが、「冬の大人気カクテルアイリッシュコーヒー」「国産ライムはジントニックでしょ」「あのミント再入荷」といったドリンクメニュー関連ものや、「みかんジュース発売中」「みかんジュースいかがですか?」「朝カレーしませんか?」といった他の商品もの。さらには「お盆は休まず営業します」といった告知ものや、「今、洗濯機壊れてます!」といった、商品でも告知でもないものまで実に多彩だ。
店主はこの狙いをこう語る。「名札を名札として使わずコミュニケーションのツールとして使うことにより、こちらから会話の糸口を切り出すのではなく、お客様に興味を持っていただく」。その道具としては、名札は最適であり、そうして興味を持っていただいたり、「実は僕も極真空手、習ってました」などと共通の話題が見つかれば、初対面でも話は弾み、住所・氏名などの個人情報もいただきやすくなると。
ちなみに、これまで最もウケたものは「今、洗濯機壊れてます!」。これはマダムの名札だったが、来店客に大いに話しかけられたとのことだ。
「そんなことを書いて大丈夫か」と、こういう取り組みを行っていないお店や会社が心配するようなことこそが、実はお客さんとの良いコミュニケーションを生む。名前を書かない名札。あなたがもしやってみるとすれば、何を書きますか?
小阪裕司 オラクルひと・しくみ研究所代表 博士(情報学)
山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。 新規事業企画・実現可能性検証など数々の大手企業プロジェクトを手掛ける。 また、「人の感性と行動」を軸にしたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。 現在、全都道府県と海外から約1500社が参加。 22年を超える活動で、価格競争をしない・立地や業種・規模を問わない1万数千件の成果実例を生み出している。
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